宗教団体

大学生のとき下宿先に原理研究会第三文明研究会が交互に勧誘に来ていた。当時は正体を隠すことなく原理研と名乗っていた。一方、第三文明という名前からは宗教団体とは気がつかなかった。

手段と方法はまるで異なるがどちらも政治に深く関わっている。宗教団体は政治に引き寄せられるようだ。

 

 

ここに至る道筋

元総理は日本を見下すこの団体の正体を知っていたのだろうか。彼の政治信条とどのように整合性を図ったのだろうか。国民に知られなけれは良しとしたのだろうか。

いや、もとから確たる思想や理念などなかったのだろう。statesmanではなかったのだ。

 

 

政治の力

あの頃、霊感商法合同結婚式がマスコミを騒がせていたその裏で、統一教会と政治家はお互いの利益だけを求めて深く関わっていた。

30年前と今では登場する政治家の名前が入れ替わっただけでやっていることは何ら変わらない。

この本では登場しなかった宗教二世という新たな問題は、「空白の30年」いう言葉の重みを感じさせる。

 

 

たかがタイトルされどタイトル

話の内容は覚えているがタイトルが思い出せないことが多々あるので、この本に書かれていることを笑ってばかりはいられない。

サリンジャーの有名な本『ライ麦畑でつかまえて』を、『…で気をつけて』と気が付かないうちに自分でタイトルを変えてしまったこともあった。

 

 

「正しい」を考える

誰もが情報を発信できる、誰もが情報を受け取れる時代に新型コロナのパンデミックが始まった。私たちの誰もが情報との接し方が試された。結論を急がずに一度立ち止まって考え続けてみる。「正しい」ことは簡単に決まるものではない。

 

 

宗教リスク

八百万の神々だけでなく、お釈迦様、キリスト教まで受け入れる日本人の柔軟なの宗教観については肯定的に思っていた。

…日本には基準となる背骨のような宗教がなく、信教の自由の幅が大きいために、カルトを問題ししたり監視したり批判することが少ないのです。だからカルトが繁栄してしまいます。…(p160)

異国の神を容易く受け入れるのは、宗教に正面から向き合っているからではない。私たちは宗教を論じることを避けていて、そこにカルトが付け入るならば、著者の提言する宗教リスク敎育は一考すべきである。

 

 

 

領土と民族

古代ゲルマンの失地を回復してドイツ民族中心の大ゲルマン国家の建設を目指すヒットラーの野望は、ロシアのプーチン大統領に重なる。

ヒットラーとの宥和政策のためチェコを見捨てた英仏とのミュンヘン協定は、ウクライナ東部の紛争を巡るミンスク合意を連想させる。他国の無関心が独裁者を暴走させるのは今も変わらない。