親という家族
本のタイトルとなった作品だけでなく、『泣いてんじゃねえよ』、『縋ってんじゃねえよ』と3作品を集録。
高校時代から大学そして就職してからと、介護が必要な母親がいる家族との関わりを描いている。
両親と共に3人が一室で暮らす距離的近さだけでなく介護を理由に娘にべったり寄りかかる母親、その娘を当てにする父親との心理的な近さが、読者の私までも圧迫していった。
自宅を出た大学以降は、物理的距離が生まれたせいか3人の関係性に変化が生じたのが救いである。
母娘共に泣きたくなるような状況で、テレビから流れた小島よしお『でもそんなの関係ねえ!』の叫びが2人に体の中から出てくる笑いを呼び起こした。
テレビ制作会社に就職した主人公は、ヤングケアラーを疲弊する若者ではなく介護によって技術を得た強い強者として転換する企画を実現したいと思っている。
大陸の民
中国のサッカーは「チームプレーの乏しい全員FWサッカー」(p110)だそうだ。かつて「パスを回してばかり」と言われた日本とは異なる民のようだ。
昨今日本に移住する中国人に対する日本人の思いは複雑だが、古来より中国の混乱期には多くの中国人が渡日しているとのことだ。今もその流れに沿ったものなのだろうか。
朝鮮族の日本語
バブルの行方
これから先も中国政府は不動産バブルの崩壊を認めず有効な手立てを取らないであろう。しかし、中国の人びとは既に崩壊したことを知っているようだ。海外に逃れる人、寝そべり族となる若者などそれぞれの方法で対処している。
これも中国の有名な言葉「上有政策、下有対策」なのだろうか。ただし、上に政策はなさそうだが。







