日本語とは視点が異なる言語

『日本語は自分がカメラになって世界を眺める言語』『英語は外から自分を眺める言語』(p15)

こう言われて見ると「I'm lost」が何故「迷子になった」という意味になるのか理解できた。

例文が少なくすらすらと読み進めていける本書には「目から鱗」といった発見も多かった。

 

 

疑惑のDNA

NHKの番組を見て本書を知った。

なりふり構わない検察、警察のやり方はもはや滑稽でしかない。だが、無実かもしれない人に既に死刑が執行されたことには体が震えた。

必ずしも死刑制度に反対という立場ではないが、そのためには再審制度への道がもっと開かれなければならない。

初めて日本という国に絶望した。

 

 

 

私たちこそ弱者なのだ

曖昧な弱者の怒りが明白な強者ではなく明白な弱者に向かうのは、その対象が分かりやすくすぐ側にいるからかもしれない。

「富裕層とアッパーミドル層が負担増となり、貧困層とロウアーミドル層が受益層となるような『再配分の政治』が必要なのではないか」(p184)

昭和の一億総中流は企業福祉と家族福祉、開発主義の上に成り立った砂上の楼閣だったのか。

 

 

 

世界史への登場

日本は、ユーラシア大陸の東に位置しながら島国であるためこれまでアジアの歴史にさえ登場することはなかった。

それが、近代になって日露戦争で勝利するとヨーロッパを始めとする世界にその存在を知らしめた。

この勝利こそがその後の日本の道を誤らせたのかもしれない。

世界史をアジアから眺めると確かに学校で学んだ世界史とは異なる風景がみえる。

ユーラシア大陸はアジアであり、ヨーロッパであり、中東でもあることをあらためて私に教えてくれた。

 

 

 

やりがい搾取の現場

介護職員の賃金改善が介護難民を減らしていく一丁目一番地であるのは明白だが、政府の目はAI、半導体、防衛などに向けられて介護に関する分野は見当たらない。

これらの重点産業に関わる人も親の介護、そしてやがて自分自身の介護に直面するのである。

 

 

 

 

モンゴル帝国の再発見

13〜14世紀にかけてモンゴル帝国は水路と陸路を整備してグローバル経済へと舵を切った。経済発展が国の安定の基盤となることを知っていたのだ。

21世紀の世界は当時のモンゴル帝国をなぞっているに過ぎない。

モンゴル帝国といえばチンギス・カンと元寇しか思い浮かばなかった私には、彼らの先見性に驚かされた。

 

 

 

それぞれの老後、それぞれの介護

施設の入居者はそれぞれが多様な生きざまを見せてくれる。60歳の介護ペルパーである著者は彼らの人生に触れられることが喜びであるという。(p204)

そう思うのは彼のそれまでの経験値から来るのだろう。

登場する人たちを他人事とは思ってはいけない年齢になった。